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最高裁判所第二小法廷 昭和31年(あ)4547号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人清瀬一郎、同内山弘の上告趣意第一点は、判例違反を主張するが、車馬等の交通に因り人の殺傷があった場合には、当該車馬等の操縦者は、直ちに被害者の救護その他必要な措置を講ずる義務があり、これらの措置を終り且つ警察官の指示を受けてからでなければ車馬等の操縦を継続し又は現場を立去ることを許されないのであるから(道路交通取締法二四条、同法施行令六七条)、本件の如く自動車の操縦中過失に因り通行人に自動車を接触させて同人を路上に顛倒せしめ、約三箇月の入院加療を要する顔面打撲擦傷及び左下腿開放性骨折の重傷を負わせ歩行不能に至らしめたときは、かかる自動車操縦者は法令により「病者ヲ保護ス可キ責任アル者」に該当するものというべく、原審が本件につき刑法二一八条をも適用処断したことはまことに正当であり、且つこの点についての原判示はむしろ論旨引用の判例と同趣旨のものであって論旨はすべて理由がない。

同第二点は、刑法二一八条の解釈の誤り、審理不尽の違法及び量刑不当を主張するが、所論はすべて刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして刑法二一八条にいう遺棄には単なる置去りをも包含すと解すべく、本件の如く、自動車の操縦者が過失に因り通行人に前示のような歩行不能の重傷を負わしめながら道路交通取締法、同法施行令に定むる救護その他必要な措置を講ずることなく、被害者を自動車に乗せて事故現場を離れ、折柄降雪中の薄暗い車道上まで運び、医者を呼んで来てやる旨申欺いて被害者を自動車から下ろし、同人を同所に放置したまま自動車の操縦を継続して同所を立去ったときは、正に「病者ヲ遺棄シタルトキ」に該当するものというべく、原判決には所論の如く法令の解釈を誤った違法はない。また第一審判決が懲役刑の執行猶予を言渡した場合に、控訴裁判所が何ら事実の取調をしないで、第一審判決を量刑不当として破棄し、みずから訴訟記録及び第一審で取調べた証拠のみによって、懲役刑(実刑)の言渡をしても刑訴四〇〇条但書に違反しないことは、昭和二七年(あ)第四二二三号、同三一年七月一八日大法廷判決、刑集一〇巻七号一一七三頁、の判示せるところであり、原審の訴訟手続には所論の如き審理不尽の違法はない。

また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四〇八条により主文のとおり判決する。

この判決は、上告趣意第二点につき、裁判官小谷勝重、同河村大助の後記少数意見があるほかは、裁判官の一致した意見である。

裁判官小谷勝重、同河村大助の上告趣意第二点についての少数意見は次のとおりである。

原判決は、第一審が本件被告人に対して言渡した懲役八月三年間執行猶予の判決を破棄自判し、懲役五月の実刑の言渡をしたのであるが、記録によれば、その手続は書面上の調査のみによったのであって、事実の取調を行った形跡がない。このように第一審の執行猶予を附した判決を第二審において破棄し自判によってこれを実刑に改めるには自ら事実の取調を行うことを要し、さもなければ第一審に差戻すべきものである。この点において原判決は違法たるを免れないから破棄すべきものである。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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